
今年も10月に入りました。この時期に最も懸念されるのは高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)の発生です。HPAIウイルスは世界中に拡大し、我が国でも6年連続で家禽への感染が確認され、累計約4,500万羽が殺処分されています。「鶏と卵の研究所」でも設立以来、鳥インフルエンザ対策を最重要課題と位置づけ、侵入経路の分析や防除対策、早期発見・対応システムの開発などを年次報告書で提示してきました。詳細はこのホームページからダウンロードしてご覧いただけます。
今年も、観測史上最も早い9月10日に宮城県の伊豆沼・内沼周辺で野鳥(マガン)の飛来が確認されました。先月の所長コラム#14でも取り上げたように、今年はHPAIの当たり年になると予想されています。特にウイルスの侵入リスクが高まる農場においては、最高レベルのバイオセキュリティを実施し、厳重な対応をお願いいたします(下図参照)。
当研究所では国内外の発生情報を収集していますが、大規模な殺処分のニュースには常に心を痛めております。大切に育てられた膨大な数の鶏を処分することは、生産現場の努力を無にするだけでなく、命の尊厳や食料の安定供給の観点からも大きな痛手です。世界的に見ても殺処分を最小限に抑えるため、ワクチンの導入検討や養鶏DXを駆使した異常の早期発見・早期対策の実用化が進められています。
従来の防疫策は、感染確認後に全羽を殺処分してウイルスを根絶する「完全制圧」を基本としてきました。しかし、今やウイルスは野鳥や哺乳類にも定着して世界的な流行を引き起こしており、農場での消毒や防鳥網の徹底だけでは侵入を完全に防ぐことが困難になっています。我々は現在「侵入を未然に防ぎきれないまま大規模殺処分を繰り返す」という負のループに陥っており、現場のバイオセキュリティ疲れも懸念されています。
こうした現実を踏まえ、いま国際社会で強く唱えられているのが、従来の「完全制圧」から「制御された抑制」への戦略転換です。これはウイルスの完全消滅のみを目指すのではなく、ワクチン接種や科学的モニタリングを組み合わせ、被害規模を許容可能なレベルに抑え込む取り組みです。フランスやオランダなど欧州の一部では試験的なワクチン接種が始まっていますが、効果の限界やコスト面での問題もあり、日本を含め各国のワクチンの実用試験状況を注視している地域がほとんどです。
いずれにしても、バイオセキュリティの厳格な実施を大前提としながら、当研究所では鶏舎内の異常を早期発見し対応するための養鶏DXデバイス(スマホ活用ケージ別死鶏記録装置、ケージ列別卵数・飲水量記録装置)を開発してきました。これらの農場実証データは、11月14日に京都女子大学で開催される日本たまご研究会第22回大会で発表いたします。我が国をはじめワクチンの即時解禁が難しい国・地域において、当研究所の開発成果が「制御された抑制」を実現する一助となることを期待しております。
鳥インフルエンザは単なる家禽産業の問題だけではなく、野生動物・人間の健康・地球環境が密接に結びついた「ワンヘルス(One Health)」の課題です。国際統一基準の策定や貿易ルールの見直しに向けた議論を進めることこそが、今後の食料安全保障を守る鍵となるはずです。「鶏と卵の研究所」としても、養鶏産業の未来と食卓の安心・安全を守るため、科学的で持続可能な鳥インフルエンザ防疫体制の構築に向けて今後も提言を続けてまいります。

図:農林水産省が提示している農場における飼養衛生管理
(2024 年 11 月 21 日高病原性鳥インフルエンザ全国会議資料より)
「鶏と卵の研究所」所長 八田 一